雨の滴と恋の雫とエトセトラ

 魅力的な顔を惜しみもなくぐんぐん近づけられると、こっちはドキドキするだけで何を言っていいのかわからない。

 山之内君は一体何がしたいのだろうか。

「あの、ちょっと、待って。そんなに近づいてもらっても困るんだけど」

 前日も傘を奪い取っては、距離を縮ませてきたし、同じように顔を近づけてもきた。

 これはどういう意味なのだろうか。

「やっぱり、まだダメなのかな」

 山之内君はがっかりしたように首をうな垂れた。

「山之内君? 一体どうしたの?」

「僕はただ、倉持さんに僕の事をわかって欲しいんだ。そうじゃないと、僕は……」

 何かを訴えるような瞳が、少し揺れていた。

 山之内君のことは私も気になっているし、それは周りがかっこいいからとか、アイドルのように囃し立てているから、私なんかに声を掛けてもらったことで、優越感に似た気持ちがどうしても入ってしまう。

 それを素直に認めて、好きだなんて気軽に言えるわけもなく、私も実際どうしていいのかよく分かってない。

 まだ出会ったばかりで、いきなりこれが恋とかそういうものかもわからない。

 だから、どう思うとか聞かれても、実際困るだけだった。

 もしここで私が好きという言葉を言えば、山之内君はどう対応するというのだろうか。

 かなり捻じれた不思議な状況に、私は口をパクパクとさせるだけで、考えが声になって出てこなかった。

 そして、電車は休みなく次々と入ってきている。

 その度、家路を目指した人が波のように改札口に押し寄せて溢れだす。

 沢山の人が私達の周りを通過している間、私達はお互い黙り込んで波が引くのを待つように突っ立っていた。

 若い男女が向き合っている姿を好奇心でじろじろと見て行く人がいる中、露骨な視線が突き刺さって非常に居心地が悪かったが、下手に動いても迷惑になるだけだったので、その場に静かに留まっていた。

 そんなとき、肩を思いっきり叩かれて、体がびくっと跳ね上がった。

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