瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 相手の寝息が規則正しくなったのタイミングで、レーネはそっと体を起こした。冬は朝の訪れが遅く、また部屋の中は薄暗い。

 寒さに身震いし、脱ぎ捨てたシュミーズを素早く着て同じくベッド脇に落ちているローブを確認する。

 常に肌身離さず持ち歩いている短剣を袖口に確認し、手に取った。そしてまだ眠っているゲオルクの方へ体を向ける。

 鉄紺の瞳は閉じられ長い睫毛が影を作りそうだ。柔らかい黒髪が無造作に散り、寝顔はどこか幼さが残っていて無防備そのものだ。

 レーネは一度唾液を嚥下(えんげ)し、そっとベッドに膝を立てる。わずかに軋む音がしたが、ゲオルクが起きる気配はない。

『相手がなかなか隙を見せないのなら寝込みを襲うのも手ですよ』

 カインからのアドバイスが頭を過ぎる。

 今なら、終わらせることができる。元々警戒心の強いゲオルクだ。こんな絶好の機会はおそらくもう訪れない。

 この短剣を彼に突き立てれば、長年の苦しみから解放される。自分の血を引いた片眼異色の娘たちも、もっとまともな人生を送れる。

 レーネは両手で柄を握り、短剣を振り上げた。

 あとは勢いをつけ振り下ろすだけだ。この手を血で汚す覚悟は最初にしている。

 しかしレーネは力を抜き、その場で固まっていた腕を下ろして項垂れた。しばらく黄金の短剣を見つめ思い悩み、ゲオルクに背を向ける。

「レーネ?」

 ところが不意に呼びかけられ、レーネは心臓が止まりそうになった。とっさに手にあった短剣をベッドの下に広げてあるローブの上へ落とす。

「どうした?」

 答えを迷っていると、腕を引かれベッドの中へと戻される。急な温度差にレーネの体は反射的に身震いした。自分の体温を分け与えるかのごとく、ゲオルクは彼女を強く抱きしめる。
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