瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 レーネは自室に戻り、身支度を整える。たいした荷物はないが、あくまでもいつも通りに振舞わなければ。

 カインから託された短剣を袖口に確認し、レーネは部屋の外に出た。迎冬会が終わって昨日の今日だ。

 まだ人の出入りも激しく慌ただしいが、逆にこれに乗じて外に出られる。ちょうど森でカインと会う約束もしているので、さっさと合流すればいい。

 分厚めの外套(がいとう)を羽織り、周囲に注意をしながら廊下に出たときだった。

「神子殿」

 背後から声をかけられ、その単語にレーネの背筋が凍る。警戒心を露わにして振り向こうとすると乱暴に後ろ手に両手を取られレーネの顔は苦痛で歪んだ。

「やはり、情報はたしかだったようですね」

「あなた……」

 眉間に皺を寄せ、老人特有の低い掠れた声で告げてきたのはペッツァーだ。何度かレーネも言葉を交わしたことがあり、ゲオルクと同じく違う領地を任されていたひとりだ。

 幼い頃からゲオルク知っており、ゲオルクもまたペッツァーに信頼を寄せている。ある意味ゲオルクをこの地の新たな王としようとする(こころざし)はレーネと似たところがあった。

 だからといって気が合うと思ったことは一度もない。

 そんな彼が、自身の護衛に命じてこんな手荒な真似をしてくるとは何事か。いや、呼びかけられた言葉でだいたいの想像はつく。

 ペッツァーは冷たい目でレーネを見つめた。
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