瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「なりません。彼女をあなたに近づけさせるわけにはいきません。あなたもこれを見ればわかります。彼女はあなたが想像するよりずっと恐ろしい生き物なのです」

 そう言ってペッツァーはレーネに近づくと、無遠慮に彼女の左目を覆っていた茶色の髪を掻き上げる。

 他人に触られた不快感を覚える前に、左右でくっきりと異なる色の瞳が面々に晒される。

 それを見た人々は驚きの声をあげ、続いて畏怖の念を抱きだす。まるで人間ではないなにかを見たかのような面持ちに、口々に邪推を巡らせ勝手に(おのの)いていく。

 目を閉じることもできず、レーネは下を向いて必死に視界を遮る。この光景には見覚えがあった。

 ペッツァーは乱暴にレーネの髪を持ち上げたまま。彼女の顔をまじまじと見つめた。

「本当は彼女を生まれた村へ帰すという約束で情報を得ていましたが、それも危険だ。その村の女性も皆、彼女と同じように片眼異色と聞きます。どんな力を持っているか……」

 ペッツァーの情報に、場はますます混乱に陥っていく。

「恐ろしい!」

「やっぱり魔女だったのよ」

「その村の連中もどうにかしなければ」

 ゲオルクが制止の声を上げようとしたが、その前にレーネは捕えられていた手を振りほどいた。

 おとなしくしていたレーネに油断していたペッツァーの側近は、急な事態に対処できず、自由になったレーネはその場を勢いよく駆け出す。

 人々はおそろしさで間を空け。その隙間を抜けてレーネは城の中に消えていく。

「城門を閉めろ! 彼女はこの中のどこかにいる。逃がすな」

 ペッツァーが指揮をとり、声を張り上げて命じる。

 ゲオルクは、にわかに目の前で起きたことが現実だと受け入れられなかった。

 今朝レーネはたしかに自分の腕の中にいた。すべてが嘘だったとは思いたくない。しかし、彼女は否定も言い訳もなにもしなかった。
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