瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 ああ、あのときと同じだ。記憶の中の光景と目の前の景色が重なる。

 レーネは息()き切って森のすぐそばまで来ていた。城の内部から外へ続く隠し通路は変わらずに機能していたのが救いだ。

 前にそれを使って外に出たときは冬の寒さに震えながら必死に枯れた森を駆け抜けた。対照的に今はずいぶんと穏やかな気候で気温も高く、森の葉も青々と生い茂りつつある。

 しかし倦怠感が鉛のように足枷となり、ほぼ空っぽの胃からは何度も胃酸が込み上げレーネの体調は最悪だった。思うように前に進めず、何度も足を止める。

 森に入ると、立派な木々に太陽の光が遮られ辺りは急に薄暗くなる。

 しばらくして、レーネはついに木の根元で膝を折り項垂れた。長い黒髪が地面につくのを気にする余裕もない。

 上から降り注ぐ葉擦れの音が嘲笑に聞こえる。所詮、自分に特別な力などなにもなく、こうして体さえもままならない。

 フューリエンは幸福をもたらす存在とされているが、実際は真逆だ。

「レーネ」

 突然、背後から自分を呼ぶ声聞こえたが驚きはあまりなかった。体に力を入れて立ち上がり、ゆっくりと振り向く。相手は確認するまでもない。

 レーネの予想通り少し距離をとったところで、クラウスが余裕めいた笑みを浮かべていた。

 (ふち)に銀糸の施された紺青のジュストコールに同系色のジレとズボンといつもの出で立ちで、クラバットは身に着けていない。

「思ったよりも早く見つけたな」

 レーネはなにも答えない。どうやらこれを見つけるのも彼の想定内だったらしい。それが早いか遅いかの問題だ。
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