瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 違和感を覚えたのは、短剣の隠し場所についてクラウスが一度だけはっきりと明言したことに気づいたときだ。

『そこにお前の探しているものはないぞ』

 最初に彼の自室の書斎机をレーネが荒らした際にかけられた言葉だ。どうして彼は「そこにはない」と言い切ったのか。

 見つけられたくないなら、わざわざ隠し場所の候補を減らさなくてもいいはずだ。なにげなく発言したとも思えない。なにか意図があったのだと逆に考えてみた。

 もしかするとクラウスは最初にわざとレーネに机の中を探させ、そこにはないと印象づけたかったのではないか。

 広い城内で探し物をするなら、いちいち同じところを二度も確認しない。その心理を逆手に、別の場所にあった短剣を一連のやりとりの後で自室にもってきて隠したのだと結論づけた。

 あえてクラウスに説明する義理もないし、彼もわかっているのだろう。レーネはおもむろにクラウスを真正面から見据える。

「茶番はもう終わりよ」

 レーネは唇を噛みしめ、静かに手に入れた短剣を右手にかまえる。クラウスは笑みを崩さず、近くの木の幹に背を預けレーネを見つめた。

「そうだな。今度は中途半端な真似はするなよ」

 剣を向けられても彼は意に介さない。どこまでも優雅な振舞いに、レーネは眉をひそめた。全身がかすかに震えるのを必死で落ち着かせ、短剣を持つ手に力を込める。

 ずっとこのときを待ち望んでいた。

 レーネの金色の双眸がクラウスを真正面から捉えたとき、風が凪いで静寂が訪れる。勢いよく駆け出したレーネはクラウスの左胸辺りを目がけて短剣を突き立てた。
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