瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 戯れに触れてそばに置いておくのは、油断させるためなのか、罰なのか。

 情が移り信頼を寄せたところで、突き放されるのを想像すると、じわじわと真綿で首を絞められている感覚に陥る。同じことを自分がしたにも関わらずだ。

 決まっている結果だとしても最期の瞬間くらいはレーネ自身で選びたい。

 先ほどクラウスに剣を向けた際、てっきり反攻され終わりを迎えると思ったが……どちらにしろここなら人目にもつかない。

 レーネがいなくなってもノイトラーレス公国との繋がりはゾフィがいるから心配ない。妻の立場も合わせてだ。

 レーネの心情を反映するかのごとく、先ほどまでの空の青さが嘘のように消え、暗雲が森にかかる。

 辺りがさらに暗くなり影もなくなった。空気が湿り気を帯びて、かすかに雨の香りがする。一雨きそうな雰囲気だ。

 クラウスは木の幹に刺さっていた短剣を引き抜くと、おもむろにレーネに近づく。迫力ある面持ちにレーネは思わず後ずさりしそうになった。

「お前の目的は、その力がなくなることじゃなかったのか?」

 たしかにそうだ。今、レーネのやろうとしていることは矛盾している。クラウスが不審がるのも無理はない。

 仮にレーネにすべての力が戻れば、血を分かつ女性たちはどうなるのか。十八歳になると片眼異色は消えるのを希望に彼女たちは生きている。

『でも、きっと十八歳になれば長年の苦労から解放されますよ』

 薬草園で会ったライラの顔が頭に過ぎる。

「……血を引く者たちには申し訳ないと思う。けれど元に戻るだけよ。もっと最善の形をまた探す」

 自分に言い聞かせるようにレーネは弱々しく呟いた。膨大な記憶を積み重ね、悠久の時を生きてきた。それがまだしばらく続くだけだ。今までもそうしてきた。
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