瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「相変わらず勝手だな」

 沈みそうな思考を冷淡な声が引き戻す。吐き捨てたクラウスはレーネのすぐそばまで歩み寄っていた。

「お前の願いってなんだ?」 

 問いかけられた内容にレーネは目を見開いた。以前、同様の質問を投げかけられたのを思い出す。

「私、は……」

『私の一番の願いは、あなたが立派な国王になることよ』

 あのときはさらりと答えたが、今は言葉に詰まった。クラウスはレーネから視線をまったく逸らさず重い沈黙がふたりを包む。

 そして前触れもなく短剣を持つクラウスの右手が動き、すべてが終わるのだと悟る。レーネは反射的に目を瞑った。

「……ずっとこの力で苦しんでいたんだろ。なにを躊躇う? さっさとその短剣で俺を刺せばいいものを」

 状況がすぐに把握できない。声が近いのは抱きしめられているからだった。どうしてなのか。動きを封じるためにしては、剣を突き立てられる気配も殺気も感じない。

 クラウスはおもむろに腕の力を緩めると、改めてレーネと向きあった。頬にかかるレーネの黒髪をそっとすくい上げて彼女の耳にかけ、しっかりと目線を合わせる。

「お前の願いは、全部叶えてやる。この命と引き換えにしてでも」

 そこで一度言葉を切るとクラウスはつらそうに微笑む。

「前は、叶えてやれなかったからな」

 “前”というのがいつなのかを理解し、レーネはかすかに首を横に振る。

「どう、して? だって……」

 許さないって。私を憎んでいるんじゃないの?

 尋ねたいのに、胸が詰まって声にならない。ぽつぽつと重みに耐えきれなくなった雲から滴が落ちてくる。

 レーネを庇うように腕の中に閉じ込め、クラウスは彼女に触れる寸前に足元に落とした短剣に目を遣った。
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