瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
長い旅の終わり
 クラウスに連れられ湯殿(ゆどの)の方向へ足を進めているレーネだが、気が気ではない。自分の体も冷えているが、それよりも隣の彼だ。

 ちらりと盗み見すると元々色白な肌が青白く見え、髪もまだ濡れている。堪らなくなりレーネは口火を切った。

「私は平気だから先に温まって」

 とりあえずレーネの場合、湯浴みをするならタリアに声をかける必要がある。彼女には心配もかけたし事情も話さなくては。その時間まで付き合ってもらう必要はない。

 なによりクラウスを巻き込んでしまった後ろめたさもあった。調子が良くないのはお互いさまだが、足を止めずちらりと横目でこちらを見てくるクラウスにレーネはさらに説得を続ける。

「国王が体調を崩したとなると多くの者に心配をかける。まずは自分を大事にしてほしいの。わかって」

 懇願するレーネにクラウスは眉をひそめる。

「その台詞、そのまま返す。だったらどうして俺がお前の心配をするってわからないんだ」

 思わぬ切り返しに面食らっていると、痺れを切らしたクラウスはレーネを抱き上げた。短く叫んだのとレーネの視界が変わったのはほぼ同時だ。

 濡れた衣服が重いのもあり、どちらかといえば肩に担がれる姿勢になる。とてもではないが国王とその妻の在り方には見えない。

 しかし湯殿へと進む暗い廊下に人の姿はなく、ここまでくるとレーネも抵抗せずおとなしくなる。せめて自分で歩かせてほしいという意見は先ほどとは違いあっさり却下された。
< 131 / 153 >

この作品をシェア

pagetop