瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 次の瞬間、クラウスは前のめりになりレーネの腕を掴んで自分の方に引き寄せる。その勢いで水面に波が発生し、小さなしぶきが肌に当たる。

 わけがわからず素直にクラウスとの距離を縮めたレーネだが、続けて彼が自分のドレスの胸元の紐に手をかけたときには、思わず目を剥いた。

「脱がせてほしいならそう言えばいいだろ」

「そ、そんなこと一言も言ってない」

 真顔で告げられ、レーネは慌てて拒否する。ドレスがきちんと体に合うように両サイドから編み込む形で締め上げているので、ほどかれるとドレスが緩んでしまう。

 抵抗しようとするも素早く腰に腕を回され、その間もドレスにかかった方の手の動きは止まらない。クラウスのこの器用さが憎い。

 むっと眉をひそめたレーネだが、ややあって体の力を抜く。正直、真剣に抵抗するほどの体力も気持ちもない。

 そしてふと自分たちの置かれた状況を考えると、今度は逆におかしくなってきた。

 大人ふたりが服を着たまま浴槽に浸かり、くだらないやりとりを交わしている。ましてやひとりは国王陛下だ。こんな彼の姿はきっと誰も想像がつかない。

「どうした?」

 笑みをこぼすレーネにクラウスが手を止めて不思議そうに問いかけた。ますますおかしくなりレーネは顔を綻ばせて答える。

「あなた、本当に……めちゃくちゃでしょ」

 思い返せばノイトラーレス公国ではレーネの挑発めいた勝負事をあっさり引き受け、アルント城に連れてきたかと思えば妻にすると言いだし、彼の言動にはいつも振り回されっぱなしだ。
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