瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 同じベッドで朝を迎えるのは初めてではないが、こんな穏やかなやりとりはしたことがない。照れて身の振り方を迷っているとクラウスがレーネの頭をそっと撫でた。

「珍しいな、お前が眠るなんて」

「え?」

 思いがけない一言にレーネは顔を上げてクラウスを見る。

「私、寝てた?」

「可愛い顔をしてな。急に泣き出してどうした? 嫌な夢でも見たのか?」

 茫然としてクラウスの質問が耳を通りすぎる。意識を手放すほど深い眠りについた経験など今までないに等しい。

 自分の身になにが起こったのか。そこでふとレーネはクラウスの露わになっている肌に目がいった。

 ある箇所をじっと見つめてそばによると、彼の滑らかな肌に指先を添わせる。彼の左鎖骨にあった痣が見当たらないのだ。確かめるように触れるが跡形もない。

 なにかの間違いかと思ったが、無意識にレーネの瞳から涙がこぼれ落ちる。

「レーネ?」

 自分の胸に顔を埋め、肩を震わせるレーネにクラウスが問いかけるがレーネの涙は止まりそうもない。

 悲しいのか、安心したのか。心の奥にぽっかり穴が空いた喪失感と背負ってきた荷物をようやく下ろせた解放感が入り混じる。

 ああ、そうか。私、やっと手に入れられたんだ。

「ありがとう……さようなら」

 長い間、自分の中で共にいた存在に別れを告げる。すると前触れもなく強く抱きしめられた。
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