瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「レーネの狼狽え方はなかなかだったな」

「あなたが冷静すぎなの!」

 レーネは生真面目に言い返した。

 クラウスが指しているのは、レーネの妊娠が発覚したときの話だ。神との契約から解き放たれ、睡眠もとれるようになったレーネだが体の不調はずっと続いていた。

 あんなに結婚に反対していたバルドも、クラウスの痣が消え眠れるようになった話を聞き、レーネに対する態度も軟化して当面の大きな問題はないと思われていたのだが。

 どうしたものかと悩んでいたある日、ずっとレーネをそばで見ていたダリアがもしかして……と切り出し事態は一転する。

 レーネの頭の中ではすっぽり抜け落ちていた可能性だが、妊娠していると考えると続く体調不良にも納得できた。

 色々思い当たる節もあり、不調の原因が判明して安堵する反面、次に押し寄せてきたのは動揺だった。

 クラウスにどう伝えるべきか、どう思われるのか。散々悩んだ挙げ句、意を決して報告すると実にあっさりした反応でレーネは拍子抜けした。

「夫婦が愛し合っていたら自然な結果じゃないか?」

 さらりと言いのけレーネの機嫌をなだめるように軽く唇を重ねる。ところが次に見せた彼の表情はわずかに不安げなものだった。

「後悔しているのか?」

 レーネは目を瞬かせ、黄金の瞳でクラウスを見つめる。そして小さく首を横に振った。

「そんなことない。ただ、その信じられなくて。だって私が……」

 アルント城に連れてこられたときは、こんな未来をまったく想像もしていなかった。密月はあくまでも仮初めで、クラウスにも恨まれていると思っていた。

 最終的には彼からの短剣を受けるのが自分の定めだと。しかし確かに持ち帰ったはずの短剣はいつのまにかなくなっていた。

 クラウスの痣と共に消えたのか、正確なところはわからない。あんなにも必死に求めていたにもかかわらず、レーネは不思議とその事態を受け入れられた。
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