瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 口の中に苦いものが広がり、それを毒として言葉に乗せる。

「……国王陛下の命はずいぶんとお安いのだと」

 低く冷たい声を放った。バルドが聞いたら、また間違いなく罵詈雑言を浴びせているに違いない。ルディガーは口を挟まないものの怪訝な顔で隣の女を見る。

 肝心のクラウスはとくに気分を害するわけでもなく、むしろ口角を上げた。

「そうだ」

 あっさりと肯定されレーネは言葉を失う。すると、ゆるやかにクラウスの手が伸びてきて彼女の頬に触れた。

「お前が手に入るなら、目でも腕でも喜んで差し出してやる。この命さえな」

 どこまで本気なのか。しかしレーネを映す青みがかった黒い瞳はけっして揺れない。おかげで相手から離れるまで手を振り払えなかった。

「長い移動になる。少し休んでおけ」

 改めて告げられ、レーネは窓の方に頭を預けた。

 どうして私がわかったの? どうして……。

 目の前の男に詰め寄ってやりたい気持ちを抑え、うっすらと窓に映る自身を見遣る。答えなど得られやしない。なにもかも思い描いていた通りにはならない。

 その一方で、いつかこんな日がくるとどこかでわかっていた。あとは自分を待ち受ける運命にどう向き合うかだ。

 空にあった太陽が山間(やまあい)の彼方に沈み、遠のいていく。ともすれば次は夜に侵されていくだけ。そこには徐々に暗闇が広がっていく。

 まるで自分のこれからを暗示しているとレーネは自嘲的な笑みを浮かべ目を閉じた。
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