瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 今のクラウスはシャツ一枚に黒のズボンとそこらへんの青年と大差ない姿だ。しかし着飾るものがなにひとつなくても纏うオーラがものを言う。

 無造作ながらシトリンを彷彿とさせる美しい髪に、夜の深淵(しんえん)を切り取ったかのような瞳、陶磁器さながらの白く滑らかな肌など、どれをとっても芸術に近いその外貌だけで人々を魅了する。

 余計なものがない分、強く確信する。彼は王になるべくしてなったのだ。

 あと一歩で彼の手が届く範囲になり、その寸前でレーネは足を止めた。

「……私をどうするつもり?」

 冷静に、かつ抑揚なく尋ねた。そこに怯えや不安など一切ない。あくまでも強気なレーネにクラウスは妖しく笑った。

「決まっている。友好の証としてノイトラーレス公国の王女を望んだんだ。妻にする以外になにがある?」

 あまりにも予想していなかった回答に、レーネは足元がふらつきそうになるほど激しく動揺した。この男は正気なのか。

 狼狽(ろうばい)を隠しきれず、今度は素で王に問いかける。

「なにを……考えているの?」

 クラウスはなにも言わずに一歩踏み出し、レーネとの距離をあっさりと縮める。そして彼女の細い腰に腕を回して顔を近づけた。

「お前のことだ」

 はっきりと告げられた言葉はレーネの胸に突き刺さる。クラウスはわずかに目を細め、慈しむように彼女の頬を撫でた。

「ずっとこの日を待ち望んでいた。お前を手に入れるためなら、なんだってするさ」

 言い終わるのとほぼ同時に口づけられ、レーネは瞬きひとつできなかった。

 離れた瞬間、抗議しようにもすぐさま唇が重ねられ言葉を封じ込められる。距離を取りたくて足掻くが、逆にさらに腰を引き寄せられ密着する形になる。
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