瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 せめてもの抵抗にと唇を真一文字に引き結び、受け入れないようにと必死だった。

「レーネ」

 ところがキスの合間に耳元で甘く囁かれ、なにかが溶かされそうになる。愛しさの混じる声色は、レーネの心の奥底できつく蓋をしていた気持ちを溢れ出させようとする。

 思えば再会してから、彼に名前を呼ばれるのは初めてだ。違うと言ってやりたい。レーネは愛称で正式な名前はマグダレーネだ。

 けれど皮肉なことに、親しい者は皆『レーネ』と呼ぶ。だからクラウスがそう呼んでも違和感などない。

「レーネ」

 今度は至近距離で、目を合わせしっかりと告げられる。顔を近づけられるものの触れるか触れないかの距離で今度はあきらかにこちらの様子を窺っていた。

 そう呼んでほしかった、呼んでほしくない。

 深い色を宿した瞳に捕まり、葛藤が押し込められる。レーネはゆるゆると躊躇いがちに目を閉じた。

 再び口づけが始まり、唇の力を緩めると先ほどよりも性急に求められる。頬に手を添えられ、角度を変えて重ねるうちにキスはあっさりと深いものになっていった。

 馬鹿だ、私。

 心の中で自身を罵りつつ、自らも大胆に舌を差し出すと、すぐに絡め取られ器用に刺激され、腔内を侵されていく。

「んっ、んっ」

 いつのまにか結んでいたレーネの髪はほどかれていた。長い黒髪が重力に従ってはらりと落ちるが、本人はあまり気にしない。

 それよりも翻弄される口づけについていこうと精いっぱいだった。髪に触れていた手はゆるやかに耳に移動し、顔の輪郭をなぞって襟元へとかかる。

 一瞬だけ肩を震わせたが、大きく抵抗はしなかった。このあとの展開はいちいち確認するまでもない。今だけ、一度たけだと必死に言い聞かせ、レーネはおとなしく身を委ねた。
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