瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 意識半ばで辺りが明るくなってきたのを感じ、レーネは気だるさの残る体をゆっくりと起こした。

 アルント城は街を見下ろせる高い位置にあり太陽の光を受けやすい。歴代に渡り増築を繰り返した結果、要塞を兼ねた石造りの頑丈さと宮殿としての華やかさを併せ持っている。高さの揃わないいくつもの尖塔の青い屋根が特徴だ。

 部屋の主はとっくに出ていっており、レーネはとりあえず服を拾って手早く着る。

 感傷に浸っている時間はない。自分にはここでするべきことがある。気持ちを切り替えて部屋を出ようとするとノック音が響き、返事を迷っているうちに先に扉が開いた。

 初老の厳しい顔をした女性が姿を現す。手首まで覆う飾り気のない濃紺の衣服に白い前掛けを身に纏い、髪は邪魔にならないようきっちり束ねられている。

「おはようございます、マグダレーネさま。移動でお疲れのところ申し訳ありません。陛下から身の回りのお世話を仰せつかりました、タリアと申します」

 深々と頭を下げる侍女にレーネは慌てた。これはなんの茶番だろうか。世話役など自分には必要ない。

 むしろ自国ではレーネ自身がゾフィの侍女としてずっとそばで仕えて世話を焼いていた。しかしタリアはレーネの心の機微など、まったく気づかない。

「未来の女王陛下にお仕えできること、とても光栄に思います。至らない点もあるかと思いますが、どうぞなんなりと……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 さらに聞き捨てならない内容が耳に届き、思わずレーネはタリアの言葉を遮る。さっきから誰の話をしているのか頭がついていかない。

 女王陛下といえば、レーネにとってはゾフィだ。けれどタリアが指している人物は当然違う。

 たしかに自分を妻にするとクラウスは言っていた。とはいえ所詮はあの場での()れ言だと思っていたのだが……。
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