瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「……私はここで休むから、気にせず横になって」

 相変わらずレーネの髪を指先で(いじ)っているクラウスににべもなく告げた。ソファは装飾が華美な分、大きさも十分でレーネひとりが横になってもなんら問題はない。

「嫌われたものだな」

 髪をちょいちょいと引っ張られ、レーネはムッとする。なにを今さら言っているのか。それはお互い様だ。

「恋人は……いないの?」

「恋人?」

 脈絡のない質問に、クラウスはおうむ返しする。

 原則としてアルント王国は庶民でも貴族でも一夫一婦制を取っている。それは王家の人間も例外ではない。

 とはいえ妻以外の女性がいる男性も少なくなく、それは地位が高くなればなるほど暗黙の了解として受け入れられていた。

 クラウスの見目や立場、結婚していない事実などを考えれば、近づきたい女性はごまんといるに違いない。複数の相手と関係していたとしても特別驚くことでもなかった。

 レーネとしては、殺伐とした雰囲気で共に過ごすくらいなら遠慮なくそちらに行ってもらってかまわない。

 そう思って切り出したにも関わらず、どうしてか胸の奥が軋んだ。

「お前のいう恋人とはなんだ?」

 ところが、まさかの問いかけが返ってきてレーネは目をぱちくりとさせる。

「なにって……」

「寝るだけの相手か?」

 あまりにもあけすけな言葉がかぶせられ、レーネは面食らった後、不快感で思いっきり顔をしかめた。

「あなたにとって、それを恋人だと呼ぶなら……」

 言いかけて口をつぐむ。その理論だけを当てはめたら、自分たちも恋人ということになるのではと頭の隅で過ぎったからだ。
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