瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「レーネ?」

 なにも言い返してこないレーネを不思議に思ったのか、クラウスが確認するように名前を呼ぶ。レーネはうつむくと彼の顔を見ずに一方的に叫んだ。

「寝るだけの相手を恋人だと呼ぶあなたに馬鹿にされたくない!」

 揚げ足を取った反論は、我ながら子どもみたいだと自覚はある。けれど痛いところを突かれたのも事実で胸の中が(よど)んでいく。

 愛は尊いものだと理解できても、レーネにはわからない。いつかの再会を夢見てクラウスに恋をするゾフィはレーネの憧れそのものだった。

 あんなふうに誰かを慕えたらと何度思っただろう。それは自分には無理な話だった。

「馬鹿にしていない」

 重たい空気の中、クラウスの大きくない声がはっきりと通った。そして顔を隠しているレーネの髪をそっと彼女の耳に搔き上げる。

 頬が空気に晒され、レーネはばつが悪そうにおずおずと目線を上げた。すると、すかさずクラウスはレーネの頬に手を添え、額に口づける。

 柔らかい感触にレーネは目を見開くと続けて慈しむように瞼に、目尻から鼻梁に唇が滑らされた。

 丁寧な扱いに困惑するものの、先ほどみたいに拒みはしなかった。代わりに黄金色の双眼で真っ直ぐに訴える。

 馬鹿にしているんじゃないとしたらなに? (あわ)れんでいるの?

 問おうとしたが、男の手が顎にかかり下唇に親指が添わされ、言葉どころか動きまで封じ込められる。

 無言で見つめ合い、お互いの吐息を感じるほどの距離でクラウスが囁いた。
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