瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「陛下、やはり彼女は本物なのですか?」

 嗄れた威圧的な声の主は王の補佐役であるバルドのものだ。話しかけた相手は当然――

「だとしたらなんだ? 結婚も成立した今になってまだ反対するのか?」

 挑発的にクラウスが答える。ふたりが話題にしているのは自分のことだと気づき、レーネの心臓が大きく跳ねた。 

「私がこの結婚に反対しなかったのは、彼女が立場上、ノイトラーレス公国の王女だからです」

 きっぱりと答えたバルドに対し、クラウスは不審げに片眉を上げた。それに対しバルドは表情を変えず淡々と続けていく。

「彼女になにかあった場合、後釜として妹のゾフィ女王を(めと)ったとしても、なんら不自然ではない。現にこの結婚も国益を優先したとの見方が強いのが現状です」

 バルドの言いたい内容を汲み、クラウスは冷たく言い放つ。

「口を慎め。それ以上は諫言(かんげん)ではなく暴言と受け取るぞ」

「なんとでもお取りください。しかしこれだけは言わせていただきます。彼女があなたの手中にある今、王家にとっては最大の転機。終わらせるときがきたのです」

 バルドの忠告は王の臣下としては真っ当なもので揺るぎない。声からも表情からも真剣さが伝わり、しばし執務室に沈黙が下りる。

 レーネは金縛りにあったようにその場を動けず息を殺して(たたず)む。代わりに脈拍が上昇し、気がつけば扉一枚越しにバルド以上にクラウスの返答を待つ自分がいた。

「わかっている。決着はつけるつもりだ。だてに何年も探し続けて手に入れたわけじゃない」

 世界が暗転したのは錯覚か。不意に遠くから小さく名前を呼ばれ我に返る。扉の前で動かないレーネを不思議に思ってタリアが呼びかけたのだ。

 レーネはすぐさま身を翻しタリアの元に駆け寄ると、執務室には誰もいなかったと報告し、急ぎ足でその場から遠ざかった。
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