瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「悪いね、時間を取らせて」

 部屋に入った瞬間、レーネは遠慮せずに視線をあちこちに散らす。さすがにここにはないと確信を持ち、冷たい表情でルディガーに向き直った。

「私になんの御用でしょうか?」

 あからさまな拒絶感にルディガーは苦笑し、頬をかく。

「そこまで警戒されると傷つくな。君はクラウス国王陛下との結婚により、我が国の女王陛下になる。俺たちは命を懸けて尽くすんだから」

 恩着せがましさはなく、少しは気を許してほしいという(てい)だった。機微に聡いレーネは伏し目がちになる。

 沈黙と共にどこか刺さる空気が舞い降り、ルディガーが咳払いをひとつして、改めて切り出した。

「悪いね、君が陛下との結婚に乗り気じゃないのは出会ったときからわかっているよ」

 聞きようによっては不敬罪にあたりそうな物言いだ。セシリアの眉が釣り上がったが、彼女はなにも言わずに成り行きを見守る。ルディガーはさらに続けた。

「だからこれはアードラーとしてではなく、クラウスの幼馴染みとして聞いて欲しいんだ。お節介なのは百も承知している」

 ここでルディガーの声に真剣味が増す。レーネはおもむろに顔を上げて彼を見た。

「あいつは昔から素直じゃないところがあって、おまけに秘密主義者で……正直、付き合いが長いわりには俺もクラウスのことは把握できていない」

 仰々しくため息をこぼし、ルディガーは肩を落とす。言葉とは裏腹に、国王であるクラウスに対し、そこまで言い切ってしまえるのは彼らが互いに気を許しあっているからだ。
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