瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「こちらも名乗っていなかったな。俺の名はクラウス・エーデル・ゲオルク・アルント。いずれはこの国の王になる」

 言い放ち少女たちに背を向けると、ゾフィがよたよたと立ち上がりクラウスの後を追って扉まで近づく。

「次期国王陛下。もしも私たちを本当に逃がしてくださるなら、ご恩はいずれどこかで必ずお返しいたします」

 クラウスはなにも答えず、不敵な笑みを浮かべ少女たちを見遣る。そこで今までこちらにまったく関心を寄せていなかった黒髪の少女が、金色の双眸をクラウスに向けていた。

 彼はその瞳を見つめ、満足げに目を細めると再び扉を閉めて錠をした。重苦しい金属音が暗い地下牢に響く。

 数日後の迎冬会を終えた後、国王はもぬけの殻となった地下牢を見て愕然とした。ドアには鍵がかかったままだ。

 憤りで顔を紅潮させるが、事情を知る者がほぼいない状況で怒りをぶつける先が見つからない。クラウスも素知らぬ顔で通した。

 さらに警備が手薄となっていた国王の自室近くの部屋が荒らされていた。おそらく迎冬会の来客に紛れ込んだ何者かの仕業だと、国王はフューリエンを失った苛立ちも合わせて家臣共に犯人を探させたが、結局めぼしい人物は見つからなかった。

 一連の流れをクラウスは冷ややかに静観する。しかし彼の心には沸々と言い知れぬ喜びが湧きでていた。

『ありがとう、ございます』

 ぎこちなく告げたゾフィの姿が頭を過ぎる。どうやら彼女たちは上手く逃げたらしい。

「礼はいらない。むしろ感謝するのは、こちらだ」

 誰に言うわけでもなくクラウスは呟いた。

「やっと見つけたんだからな」

 偶然か、運命か。はたまた彼女の意思で自分に会いに来たと自惚れるべきか。なんでもいい。この出会いを必ずものにする。ただ、今はその時期ではない。

「なにがあっても絶対に手に入れる」

 固い決意を滲ませ、クラウスはゆるやかに笑った。
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