瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 堪らなくなってレーネが口を開きかけたとき、クラウスが先にレーネの髪を一筋取り、指先に絡めた。

「そばにいて触れ合うだけで心安らぐ、か」

『心を通わせて、お互いに必要だと感じて……そばにいて触れ合うだけで心安らぐような』

 以前、恋人とはなにかと聞かれ、レーネなりに出した答えだ。

 目をぱちくりさせるとクラウスは弄っていたレーネの髪を離し、かすかに緑がかった落ち着いた紺色の瞳で下からレーネを捉える。

 暗がりの中で彼の虹彩が揺れ、レーネの心臓が跳ね上がった。続けてクラウスは姿勢を横向きに変えてレーネの細い腰に腕を回す。

「そうだな、悪くはないな」

 ぽつりと呟かれたのと同時におもむろに彼の目が閉じた。改めて晒されたクラウスの顔を見つめると、元々色白とはいえやはり血色が悪い気がする。

 無意識に彼の頭に触れそうになり、レーネは寸前でその手を止めた。もうあの頃と同じようにはいかない。

『私の一番の願いは、あなたが立派な国王になることよ』

 遠い昔、なにげなく告げた台詞がよみがえる。

 そう、もう十分だ。彼は十分すぎるほど立派な国王陛下になった。政治手腕も十分で、民にも家臣にも慕われている。

 胸の奥がズキズキと痛み、レーネは顔を歪めた。いつまでもこんな関係を続けるわけにはいかないし、続かない。

 最初から互いの目的があってこそだ。不毛な消耗戦。いい加減、終わらせなければ。

 レーネはわざとクラウスから目をそらし、遠くを見つめ決意する。

 その傍らで男はうっすらと目を開け、こちらも複雑な面持ちで伝わる温もりを受け入れていた。
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