瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「なかなか懐かなくて、やっと仲良くなれたと思ったらある日突然いなくなっちゃって」

「なぜ?」

 レーネの話を聞いていたゲオルクが反応を示す。しかしレーネとしては続きを言うべきか少しだけ迷った。

「……死期を悟ったんだろうって。猫は弱ったところを見せたがらないから」

 躊躇いがちに答えるとゲオルクはそっとレーネを抱き寄せた。とくに彼はなにも言わないが、伝わる温もりは確かなもので、レーネの気持ちを落ち着かせる。

 もしかして慰めてくれている?

 そう結論づけてレーネは目を細めた。

「ありがとう」

 小さく呟くと、ゲオルクは腕の力を緩めて、レーネの長い前髪をそっと搔き上げた。反射的に晒された左目を閉じると次の瞬間、瞼に口づけが落とされる。

 驚きで目を開ければ至近距離でゲオルクと目が合う。

「俺は嫌いじゃない」

 なにを、と言わなくても彼の言いたいことはすぐに理解できた。たった一言でレーネの中のなにかが込み上げてきそうになる。

 初めて会ったときから、ゲオルクは左右で色の異なるレーネの瞳を見ても動じなかった。さらには月に喩えて『レーネ』という名前まで与える始末だ。

 顔を見られたくなくて今度はレーネ自らゲオルクに身を寄せる。そして一際明るい声で話題を振った。

「さっきの質問だけれど……ある程度、猫に関してはしょうがないと思うの。気ままで気まぐれで、でもそこが可愛いんじゃない?」

 真面目に回答が返ってきて、ゲオルクは虚を衝かれつつ優しく答える。

「そうかもしれないな」

 続けてレーネを力強く抱きしめると、彼女の長い髪に手のひらを滑らせ、細い腰に腕を回した。

「……だが、勝手にいなくなるのは許さない」

 小さく呟かれた言葉はすぐに風の音に溶ける。レーネは複雑な面持ちで今後のことを考えていた。
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