一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る
彼女の目がちらりと私を見る。睨むでも驚くでもなく、視線はすぐ雅臣に戻った。彼女の方は私のことなんて覚えていないらしい。
ふうとため息が聞こえて目を向けると、雅臣がシートベルトを外したところだった。
ドアを開けながら「行ってくれ」と運転席に声をかける。
私と目を合わせないまま、広い背中が車を降りていく。思わず手を伸ばしそうになって、慌てて引き戻した。
なにやってるの、私。
本邸に向かって歩きだす彼らを車窓に眺めながら、胸に灰色の雲が垂れこめていく。
べつに、おかしいことじゃない。
彼が女性と本邸の部屋でなにをしようが、私には関係ない。だって初めからそういう約束なのだから。私は契約上の、お飾りの妻でしかないのだから。
そう思うのに、どこか割り切れない。
広い敷地内をほんの少し車で移動すると、雅臣邸に到着する。車から降りると、群青に変わり始めた空に、ぽっかりと月が浮かんでいた。