一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る
二十五年前ということは雅臣が五歳の頃だ。そんなに幼いときにお母さんを亡くしていたなんて。
ぎゅっと胸が軋む。思い出されたのは病院での風景だ。黄色やオレンジ色の明るい花々は、くすんだ病室を照らす太陽みたいだった。
母に花束を持ってきてくれた雅臣は、いったいどういう気持ちであの場所に立っていたのだろう。
肩を縮める私を見て、伊都さんは呆れたように息をついた。
「あなた、本当になにも知らないのね」
「すみません」
返す言葉もなく目を伏せると、彼女は紅茶を淹れる私の手もとを見ながらつまらなそうにつぶやく。
「まあ、雅兄と結婚しようなんて思うんだから、知らなくて当然か」
「え……?」
「その様子じゃ、雅兄に想い人がいることも知らないんでしょう?」