一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る

 私の父はキャンバスに向かってばかりで、母や私のことをろくに顧みなかったのだと思っていた。だって、私は父の顔も思い出せないのだ。いつも絵の方ばかり見ていたから。

「あなたが生まれたとき、お父さん、とても喜んだのよ。名前は『愛』以外に思いつかないって、あの人がつけたの」

 そう口にした母の声は震えていた。優しいしわが刻まれた大きな目に涙を浮かべて、彼女は私を見上げる。

「アキラさんの、この絵をもう一度見られるなんて……夢みたい」

 胸が詰まる。

 母が喜んでくれて震えるくらいうれしいのに、同じくらいせつないのはどうしてだろう。

「ねえ愛。私、幸せよ。あなたが生まれてきてくれて、本当によかった」

 涙がこみ上げる。それを隠すように、私は母に飛びついた。細くて小さな体を目いっぱい抱き締める。

「お母さん」

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