一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る
肩につく長さのボブヘアは母親譲りの赤みがかった茶色で、まっすぐ前を見ている目は真ん丸。この大きすぎる瞳のせいで、本当は二十五歳になるのに何度高校生に間違えられたことだろう。生真面目な表情をしている顔の横には『瀬戸口 愛』としっかり私の氏名が入っている。
ぐっと唇を噛んで、カードをバッグの内ポケットに戻した。
悠長にチャンスを待っている時間は、もうない。
塀に沿って歩き、あらかじめ地図で確認していた地点までたどり着く。
午後五時二十分。四月に入ってだいぶ陽がのびたけれど、通りには人気がない。
視界を薄紅色の花びらが流れて、私は顔を上げた。
隙間なく続いていた塀が唯一途切れるこの場所には、コンクリートの一部を担うように立派な巨木がそびえている。