一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る
これから先に訪れるかもしれなかった誰かとの恋愛の機会を捨て去って、恋も愛も知らないまま、ただ形だけの妻として役割を果たす。
女として愛されることもなく、お母さんがことあるごとに思い出しているような、最愛の夫との記憶も得られないまま――。
それでも、あの絵を手に入れられるのなら。
「わかりました。お受けします」
口にした瞬間、彼の目がわずかに広がった。瞳に反射していた光が増幅してより一層目の力が強くなる。
「そうか」
私は今、間違いなく自分の人生を売り渡した。だけど不思議なことに、悲しい気持ちは微塵も生まれなかった。ただ――。
「よろしくな。愛」
私を見つめる視線は恐ろしいほど一直線だ。胸がやたらと騒ぐのは、この人のことが怖いのか、それとも今後のことを憂えているのか。あるいは。
窓の外に目を向けると、辺りは炎に巻かれているみたいにオレンジ色だった。自分でもよくわからない感情を抱えながら、私は車窓を流れる夕暮れの街並みをぼんやり眺めた。