負け犬の傷に、キス
Ⅰ : 負け犬の遠吠え
●前章
たぶん頭に血がのぼりすぎて、どうかしていたんだ。
沈んでいく夕日の残像さえ寄せつけない、ビルに囲まれた路地裏。
薄く伸びる影に
ポツポツと浮かぶ朱色。
頬から、手から、ふくらはぎから、じりじりと微弱な痛みが伝う。
わずかに上下する肩越しに背後をうかがう。
顔ひとつ分高い男が3人。
全員気を失っていた。
1人はうつ伏せ。
1人は仰向け。
もう1人はビルの壁に寄りかかるように失神。
暗くて顔が見えない。
どんな顔をしていたっけ。
ていうか生きてる?
虫の息ながらせき込んだりうなってたりしてる。
……あ、生きてる。よかったよかった。
でも……
生きてるからってこれはさすがにやばいよなあ。
あっちからふっかけてきたとはいえ正当防衛の域を超えてる。超えすぎてる。
――自分が、怖い。
自分を守った結果の生傷。真っ赤な鮮血。苦痛。
それから、恐怖。
根っからの非道になれたら楽なんだろうけど……。
念のため救急車を呼んでる時点で無理だろう。
この人たちに同情するよ。
ごめんな。
冷ややかな路地裏から、影がひとつ消え失せた。
しばらくして赤い光を散らしたサイレンが響いた。
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