負け犬の傷に、キス



いつもの朝。いつもの光景。

……だけど昨日までとは、違う。




「今日は2人を学校まで送ってやろう」


「ほんと!? ラッキー!」




お父さんにコーヒーを渡した宵はぱあっと明るくなる。


宵みたいにはしゃぐ気分にはなれない。



……今日は、って、ウソつき。

お父さんが許すまでずっとなくせに。


わたしはこんなの望んでない。



お母さんがチラチラとこちらをうかがってる。

たぶん昨日のことを聞いたんだろうな。




「夕日もいいな?」




拒否権なんか初めからない。

だからって返事するのはいやで、黙りこむ。



お父さんは一切気にせずに、香りと酸味の強いコーヒーをたしなんだ。




なんて優しい監禁。


不自由ない。リスクもない。

いい子でいればいいだけ。



『ひとりにしたくない』



好きな人には会えないけれど。





香ばしい匂いのするパンは、あまり味がしなかった。


気を重くしながらなんとか朝食を平らげ、お父さんの車で学校まで向かった。



小学校前で宵が降りてから車内に会話はない。



手持無沙汰でカバンの表面を撫でる。

草壁くんからの手紙を家に置いて行きたくなくて、カバンの中にしまって持ってきてしまった。



『苦しんで我慢するくらいなら、また一緒に逃げたい』



わたしはどうするのが正しいんだろう。



きっちり締めたシートベルトが胸の真ん中を圧迫する。

おずおずと運転席に視線を送った。




「あ、あの、おとう」


「また言い訳か」


「っ、」




反射的に唇を引き結んだ。


わたしの意気地なし。



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