負け犬の傷に、キス
広間に戻ると、空気が一変していた。
ぴんと張りつめてる。
会話はなく、誰も目を合わさない。
「た、ただいま……」
うーん、気まずい。
理由なく別れを告げた恋人に、なんとか話し合いにこぎつけて、数日ぶりにふたりきりで会ったみたいな……なんとも言えない微妙な雰囲気。
そんな修羅場を経験したことはないけど。
「あの子、分をわきまえたみたいだね」
元の位置に着けば、薫がぼそりとささやいた。
「……そうだね」
津上さんはわざと席を外した。
教えてもいない住所や、正体不明の博くんのこと……他にもたくさん知りたいことがあっただろうに。
空気を読んだんだ。
俺たちが話しやすいように。
だけど津上さんという緩和剤がいなくなって、ここまで不穏さが充満するとは……。
「改めて、作戦成功おめでとうございます」
出方を探っていると、博くんが先陣を切った。
俺の正面に非の打ちどころのない笑顔……。
年下の圧に負けないように頑張ろう。よーし。
「こ、こちらこそ! 協力ありがとう。本当に助かったよ」
真似してカンペキスマイルに挑戦してみる。
そしたらユキにぶはっと失笑された。
もう二度とやるもんか。
「それで、僕たちに聞きたいことがあるとか」