負け犬の傷に、キス


ガーゼを自分で押さえるよう指示すると、院長は室内にある水道や冷蔵庫から氷水を用意した。


氷水の入った青い袋を2つ手渡される。



「それで冷やしなさい」



朱色のにじんだガーゼを外し、右肩とみぞおちを氷水で冷やす。

院長は頭部の傷口を診察してから、軽く健康診断をした。




「……あの」


「なんだ」


「どうして院長はひとりであそこに?」


「患者から聞いたんだ。病院裏で男2人が暴れていると」


「警備員に任せればよかったじゃないですか。院長自らなんて危険すぎますよ」




院長があんな無謀な真似をするとは思わなかった。


もしかしたら俺みたいな目に遭っていたかもしれないのに。




「わたしにはこの病院を、患者を、守る義務と責任がある」




重たい言葉をさらっと言うんだなぁ……。


こんな夜更けまで働いて、俺なんかの手当てをしてることに、これっぽっちも違和感を覚えてなさそう。



わかりやすく真面目で

わかりにくい熱情を持ってる人。




「院長ってもっと冷たい人だと思ってました。でも、違ったんですね。さっきも、本当は俺が暴れた犯人の可能性だってあったのに」




誤解を解くまでもなかった。

初めから信じてくれていた。


< 175 / 325 >

この作品をシェア

pagetop