負け犬の傷に、キス
強さって何だろう。
なんで傷は残るんだろう。
わからなくなって、ぐちゃぐちゃで。
強すぎちゃいけないから、傷つけないようにしないと――なんて、偽善まがいな答えにしかたどり着かなかった。
「希勇が敵前逃亡するようになって、“負け犬”のうわさが流れだしたんだ。双雷の新総長は逃げるだけの弱虫っつーうわさはキャッチーで、敵にとって都合がよかったんだろうな。あっという間に広まっちまった」
「キユーの優しさを、“負け犬”なんて悪くおとしめたんだよ。しかもキユー自身が肯定しちゃってる。そりゃ下っ端たちもなっとくできっこないよ」
薫の目元がひくつく。
いら立ちを隠せてない。
双雷の3匹の犬のうわさを一番嫌っていたのは、本当は、薫だったのかもしれない。
「もちろんトップ争いしてるチームの中には、キユーと同等の力を持ってるヤツもいると思うよ? だけどトップ争いはまだまだ序盤……いや始まってすらいないかもしれない。ほとんどのチームが相手の出方をうかがっては探り探りの状況だから」
「奇襲とか裏切りとかひきょうなやり方で手に入れたトップの座なんか、あのバカな優男が欲しがるわけねぇしな」
「だからキユーは、本気を出せる相手を知らない。まだ出会えてないんだよ。“負け犬”を演じることしか、恐怖を消す方法を知らないでいる」
バカだよねぇ、と薫も回数を更新した。
頬杖をついて望空ちゃんを見つめると、微糖ほどの笑みを浮かべる。
「でも最近になって、ノアチと出会えた」
「え……、あ、あたし……?」
「ノアチは小学生なのにすごく強いでしょ?そんなノアチと出会えたから、キユーは前よりは少し……自分の力を恐れなくなった気がする。ほんの少しだけだけど」
「ほんっとーにちびっとだけな。……ま、ずっと逃げてたあいつが手ぇ出すようになっただけマシか」
「感謝してるんだよ。本当に」
汚れのない真っ黒な眼がきらきらと潤み、あどけなく伏せられる。
ポタリ。
またひと粒、テーブルに雫が垂れた。