負け犬の傷に、キス
「さてと、あの人たちが戻ってくる前に俺も今のうちに逃げ……」
背筋が凍った。
なんだ!?
背後から殺気が……。
――シュッ!
首元に危険を感じ、とっさに身をよじる。
ふわっと浮いた茶髪から剣のような物の先端が覗く。
か、間一髪だった……。
「今のよく避けたな」
透き通った、低い声。
恐る恐る振り返ってみる。
目の前には竹刀が向いていた。
「な、何なんですか……」
竹刀からおずおずと視線を上げていけば、太い眉毛の美形があった。
オールバックの黒髪ポニーテール。
その長い髪はまるで武士のよう。
紺色のカーディガンに、グレーのズボン。
もしかして同じ西校の生徒?
こんなすんごいイケメンなら校内で話題になっててもおかしくないけど……知らないなぁ。誰だろう。俺がうわさにうといせいかも。
仮に同じ学校だとしても初対面、だよな?
どうしてこの人、いきなり俺を竹刀で突いてきたんだ!?
「……ん? あんた誰」
「いやそれはこっちのセリフです!!」
灰色の眼がキョトンと丸くなった。
まさかの人違い!?
「あっれ? ここら辺で例のヤツらが騒いでるって聞いてきたんだけどなあ」
「え、ええと……」
「あ、すまん! 間違っちまった! 驚かせちまって悪ぃな。間違ったとはいえ俺の突きを避けるとは大したもんだぜ! すげぇな、あんた!」
「へっ? ……あ、い、いえ、そんな……」
「うーん……でもここじゃねぇとするとあっちか? 行ってみるか……。んじゃあな、あんたも気ぃつけろよ!」
一方的に話すだけ話して、謎の長髪男子は竹刀を片手に台風のように去っていった。
本当に何だったんだ一体……。