負け犬の傷に、キス



「父は……仕事で年明けから“薬”について調べていました。証拠をつかもうと危ない場所にも進んで行って――ある日帰宅した父は、いつもの父ではありませんでした」


「え……」


「無理やり“薬”を盛られ、狂ってしまったんです」


「ッ! ……今は……?」


「少しずつ回復はしているようです」




している“よう”……?

なんでちょっとあいまいなんだろう。




「今、父は海外にいるんです。表向きは仕事の都合としていますが、本当は海外の病院で治療しています」




ふしぎがっていたのを見抜かれた。

読心術か?




「治療なら日本でもできるんじゃないの?」


「父は危ない橋を渡っていたので、安全のためです。僕には弟がいるんですが、弟は真実を知りません。本来なら、僕にも知られたくなかったでしょう」


「でも、異変に気づいちゃったんだ」




薫は冷静に分析していく。


博くんのまつ毛がそっと伏せられたのを合図に、ユキも動機を教えてくれた。




「俺は兄貴とダチが“薬”にやられたんだ。兄貴は俺にまで“薬”を進めてきて、ダチは……幻覚に追い詰められて自殺しようとした」


「!!」


「幸い一命はとりとめたが、病院に見舞いに行くたび言われるよ。『俺を殺せ』ってな。……ひでぇよな。んなことできっこねぇのにな」




はらりと落ちた真っ黒な前髪をうしろへかき上げた。

手の甲とこめかみに血管が浮かんでいた。


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