負け犬の傷に、キス
*
独特の匂いがツンと鼻の奥になじむ。
昼休みの保健室。
静かな雰囲気の中、掲示を貼り返る。
「津上さん、今日はなんだかぼーっとしてるわね」
辻 亜希子先生に指摘され、すっとんきょうな声を出しそうになった。
辻先生は黒縁メガネの似合う、美人な養護教諭。
シースルーの前髪や暗めの栗色のストレートロングがどこか色っぽい。
たまに生徒の相談を聞いたりもしてる、優しい先生だ。
一年生のころから保健委員として辻先生とは交流があり、当番で保健室の仕事をするときはこんなふうに親しく話す仲になった。
「ぼーっとなんて、そんな……」
「何か悩みごと?」
相談したくなるのもわかる。
辻先生には何でも言えてしまえそうで。
むしろ全部見透かされてる気さえしてくる。
「じ、実は、昨日……ある男の子が、困ってたところを助けてくれたんです。でもわたし、お礼もできなくて……」
足首だって痛かっただろうに。
わたしをかばいながらなら、なおさら無理をさせてしまっただろうな。足首が悪化してたらどうしよう。
「それなら会いに行ってみればいいんじゃない?」
「え……?」
「そんなに悩むくらい気になってるんでしょ?」
「は、はい……」
「だったらその男の子に会って、直接お礼を伝えるのが一番よ。伝えるだけじゃ物足りなかったら、お菓子とか贈るのもいいと思うわ」