負け犬の傷に、キス



……そんなこと言えないよ。


辻先生の後悔のことを何も知らない。

わたしと頑張り方が違うかもしれない。



無責任に背中を押して、困るのは辻先生のほう。




「相談乗ってくださって、ありがとう、ございました」




感謝以外に何を伝えられるかな。

これしか届けられないの?


ずっと苦しいままなのはつらいよ。


わたしに何ができるんだろう。




「わたし、あ、の……」


「なあに?」




また首の角度を変えた辻先生が

……ふ、たり? あれ? 3人?



突然景色が何重にも重なって見えた。


ゆらゆら揺れて、色がぼやけていく。



おかしい。
何が起こってるの。




「……津上さん?」




おぼろげに伸ばした手は、辻先生をすり抜け、雫の垂れたグラスに当たった。


グラスが倒れる。

残っていたアイスティーが卓上を濡らしていく。


そのひと粒がなぜかスローモーションで映った。




「津上さん」


「せ、んせ……?」




ねぇ。

辻先生。


どうして――。



否応なく沈んでいく瞼。


視覚を奪われていく代わりに、嗅覚はびんかんだった。



だめ。

寝たくなんかない。


起きなくちゃ……なのに。



甘美な香りに酔いしれるように意識が遠ざかる。




「おやすみなさい」




ねぇ、辻先生。


どうして

妖しく笑ってるの?


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