負け犬の傷に、キス
心からの願いだった。
ここにある何よりも優しく清らかな夕日ちゃんの笑みを、メガネの女性は見られないんだよな。
それは、ちょっと、悲しいな。
「頑張り続けることの意味を教えてくれたのは、辻先生、あなたじゃないですか」
手のひらにわずかに圧を加え、背中に温もりをあずける。
ゆっくり手が離れると、メガネの女性の膝がカクンと折れた。
女性の顔を絶え間なく濡らす涙は、もう、拭えない。
「警察呼んだからもうすぐ来るよ」
そう言って薫は携帯をポケットにしまった。
仕事が早いな。
「行きましょうか」
「もうここに用はねぇ」
メガネの女性を横目に見下しながら博くんとユキはそっけなく背を向けた。
「希勇も行くぞ」
柏に右肩をポンと叩かれた。
俺を横切り、先に玄関へ歩いていく。
うん、今行くよ。
わかってる。
最後まで情けはかけない。
「夕日ちゃん」
おもむろに手を差し伸べる。
夕日ちゃんは一度俺を見てから、メガネの女性に頭を下げた。
「今までありがとうございました」
「…………」
「また……またいずれ、お会いしましょう」
やはり返答はなかった。
夕日ちゃんはぎこちなくほころび、俺の手を取った。
ぎゅっと指を絡めてつなぐ。
力の弱い夕日ちゃんの代わりに俺が強く握った。
「……カバン、」
部屋を出る手前、ポツリとかすれた声が降った。
「津上さんのカバン……隣の部屋に置いてあるわ」
謝罪でも感謝でもない。
それがあの人のせいいっぱいだった。