負け犬の傷に、キス
淡い月明かりに靴裏の影が浮く。
車通りの激しい夜道を駆けた。
一心不乱だった。
病院の裏手にある路地にまわると、耳障りな音がつんざいた。
――ドスッ。
鈍い音。
急所にドストライクしたのが音でわかる。
前かがみに倒れかけた大柄の男。
その正面には、先月――2月に次期幹部として発表した、素野 真汰がいた。
同盟の族・王雷ができてから加入した、望空ちゃんと同い年の長身男子。
あの博くんの弟らしい。
似てるといえば似てるし、似てないといえば似てない。顔立ちのよさは遺伝だろうか。
真汰はうしろにいる誰かをかばっていた。
俺は、隙を突いて攻撃してくる不良の足を払い、そのまま背中を蹴り上げる。
「そ、総長!?」
「ごめん! 遅くなった!」
双雷メンバー全体に真汰から連絡が入ったのは、4時間目の数学が終わってすぐのことだった。
『望空がいない』
赤いランドセルを背負っていたあの望空ちゃんは、中学生になって以来、ほとんど毎日のように洋館に顔を出していた。
暴走族とは関係のない友だちもできたようで、友だちと遊んでから洋館に来ることも少なくなかった。
そんな望空ちゃんと仲のいい真汰が『いない』と断言した。
それはつまり
今日は洋館に来ない、ではなく
望空ちゃんの姿がどこにもない、ということ。
脳裏をよぎる、小さかった望空ちゃん。
来月から中学3年生になる。
小柄だった望空ちゃんは、いつしか夕日ちゃんと同じくらいの背丈になっていた。
身長とともに力も存在感も強まり、次期総長として仲間から圧倒的な支持を得ていた。「雷輝」なんてかっこいい異名までついた。
そんな、あの、望空ちゃんが。
行方不明、だって?
何かあったに違いない。