負け犬の傷に、キス
*
――パシンッ……!
右頬がジンジンする。
どんどん痛くなる。
「何をやってるんだ!!」
靴も脱がずに憤慨するお父さんを前に、わたしは右頬を押さえるばかり。
いつも通りの時間に家に帰り。
夕飯の支度を済ませ。
仕事から帰ってきた両親を、弟と一緒に出迎える。
だけど今日がいつも通りじゃないことを、両親はとっくに知ってる。
「おかえり」に「ただいま」がなかったのはそういうこと。
「学校から授業に出てないって連絡が来たときは、心臓が止まるかと思ったわ」
「学校をサボって何をしてたんだ!」
「ちょっとあなた、宵もいるのに声を荒げすぎよ。夕日のことだから何か理由があったのよね? そうでしょう?」
ここに“新しい自分”はもういない。
愛用の部屋着。落としたメイク。らくちんなふたつ結び。
これが本当のわたし。
……だったはず、なんだけどな。
「どうして何も言わないの、夕日。いつもいい子だったじゃない」
「学校ではどっかの不良と関わってるってうわさもあるそうじゃないか。どうなってるんだ」
何か……何か言わないと。
何をどう言うのが正解なんだろう。
どれも事実なのに。
右頬の痛みだけが鮮明になっていく。
「お前には期待していたんだがな」
重々しいため息をついて靴を脱いだお父さんが、わたしの横を通り過ぎる。
あとを追うようにお母さんがリビングへ向かった。
「……姉ちゃん……?」
不安げにうかがう宵を優しく撫でた。