彼はリケジョな私のお世話係
「中川さん、研究が好きなのはわかりますがさすがにやり過ぎだと思います」

「そんなことない」


幼い頃から家の中で過ごすことの方が好きな子供だった。近所の子供達が外で遊んでいても自分は混ざらずに、本や図鑑を見ているような子だった。どんくさいわけではなくて、体育の成績は可もなく不可もなく。だけど理数系の勉強の方が好きだった。国語は少し苦手。評論や古文の訳は得意だった。だけど小説などで「このときの主人公の気持ちを述べよ」みたいな問題はさっぱりだった。だって私は私であってこの物語の主人公じゃない。同じ状況におかれても人によって感じ方は様々ではないか。

大学の二年生くらいまでは、好きな化学や生物の勉強以外にも国語や社会や一般教養の授業を受けなければならなかったけれど、いまはそうじゃない。
好きなことを好きなだけできる。そんな生活が楽しくて仕方がない。


3つ年上の姉がもう結婚して子供もいるから、孫を見せろと親もうるさくない。
よって興味のない恋愛や結婚に時間もとられない。

おしゃれにも恋愛にも興味はなく女子としては色々終わっているが、多少不健康でも生きているのだし大丈夫。お金も使うところがないから、貯金はある。老後の心配もないはずだ。


昔から言葉数の少ない私は、沢山の人とふれあうことが苦手だ。この研究室は人数も少なくて私に合っている。就職活動でさえまともにできなそうな私を見かねて、夏目室長は私を自分の研究室に入れてくれた。


「そんなことあります。あまりにも健康に悪いです。せめて毎日家に帰るべきです」

「やだ」


「俺も浅見の言うとおりだと思うぞ」

第三者の声が聞こえて、顔をドアの方に向けるとこの部屋のボス夏目室長がいた。

「夏目さん、おはようございます」

「夏目さんおはよう」


今年42歳の夏目さんはこの会社にいくつかある研究室の長の中で一番若い。口が悪いけれど頼れる上司だと思う。ちなみに同い年の奥さんとはラブラブだ。

「中川、研究熱心なのは良い。でもさすがに度が過ぎる」

「倒れてないからセーフ」

「セーフじゃない」

「そんなことより夏目さん、もう9時。仕事」


そう言って私は自分のデスクについてメールチェックを始める。
しばらくして二人もデスクについた。聞く耳を持たない私に、夏目さんも浅見くんも諦めたようだ。


メールはだいたい他の研究室から。効果を詳しく調べたいという依頼などが主なもの。
たまに煮詰まっている新薬研究の助っ人依頼もくる。
私は浅見くんより先輩だけど、役職は何一つ持っていないからメールもそれくらい。あとは週一のペースで広報メールがくるくらい。

たぶん夏目さんはこの研究室の室長だから、私なんかより沢山のメールが来ていると思うけど。





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