咎人と黒猫へ捧ぐバラード
バーナ重工会社本社の社長室である。
機密ヒューマノイドを流出させた黒幕は、まだ見つかっていない。
しかし目処はついている。

「ある程度は目を瞑ってきてやったつもりだ。だがこれ以上、専横に付き合ってやる義理はない」

よほど渕脇忠行を引き摺り下ろしたいようだ。
機密ヒューマノイドが流出事件の責任を問われ取締役解職会議が開かれることになっており、株主の一割が賛成に署名すれば渕脇は社長職を解かれる。
彼はそれはそれで構わない。
しかしながら彼の支持者は、彼が思う以上に存在するのだ。

「私もその一人ですよ。渕脇社長」

中性的容姿が魅力的な専属秘書、葦澤 攻(あしさわ おさむ)が紅茶をトレーに乗せて運んできた。

「渕脇社長がいなくなったら、自分も辞めるつもりです。無職にしないでください」

彼は社長秘書の傍ら、休日は保護動物のボランティア活動を行っているという。
受け皿に乗ったティーカップを、マホガニー製のデスクに置いた。

「ここを追い出されたら、仕事のやりがいも無くなってしまいます。私のことも考えて欲しいです」

少しだけ口を尖らせている。
女子社員から可愛いと、専ら黄色い声を浴びせられる彼はバーナ重工業のアイドルのような存在だ。
葦澤攻は自宅アパートに保護区団体から引き取った猫を三匹、飼っている。
彼は家へ帰れば種族は違うが親なのだ。

「病院代に餌代、夏や冬はエアコンのスイッチは切れませんし。ですが、私の癒しですから」
「そうか。おまえはともかく、同居者を路頭に迷わせるわけにもいかんな」

渕脇は紅茶のカップの取っ手を持つ。
湯気の立つ、芳しい紅茶を見つめる。

「さて、どうしてくれようか」

今は秘書の淹れた紅茶を堪能することにした。
彼は熱い飲料が好みだからだ。
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