咎人と黒猫へ捧ぐバラード
真吏と別れ看板持ちの交代時間となり、有秀は教室に戻っていた。

「まだ、あるかな?ミルクティー」
(糖分抜きにしろよ)
「ええ~?でも疲れてるからさ、甘いので良くない?」
(ふん、勝手にしろ)

甘いものが苦手な彼の中の弟は、ふて腐れたように話さなくなった。

「あとで無糖も飲もうよ。今年で高校も文化祭も最後だし」

弟をなだめながら教室に入る。
簡易カフェに改装してあるそこは、中世世界を思わせる空間になっている。
すると巨体の女性が椅子に腰掛けている姿が見えた。
椅子は軋んでいるが、耐えている。
獣医の(はな)だ。
有秀がテーブルに近づき挨拶をする。

「こんにちは、華先生。この前はパン、ごちそうさまでした」
「ああ。志鳥さんとこの弟の兄」

複雑な表現だが、それが正解だ。
テーブルにはミルクティーとパンケーキの皿が、三個と三皿ずつ載っている。

「あの猫もどきは元気?」
「もどき?」

有秀は首を傾げたが、あまり気にしない事にした。

「おかげさまで」

少年が笑顔を見せると華は頷いて、パンケーキをフォークとナイフで切り分けて口へ運ぶ。

「あのお兄ちゃんに伝えてちょうだい。飼い主なんだから、きちんと管理してあげなさいって」

よく咀嚼してからパンケーキを飲み込むと、肉で埋もれ気味の細い瞳を、さらに細くして有秀を見る。

「あの喫茶店の人外もよ。あの喫茶店はワケアリの巣ね。志鳥さんが、楽しんでいるワケだわ」

カカカ、と豪快に笑うと腹とも胸とも区別がつかない脂肪が揺れた。

「何であろうと、同じ空気を吸って生きているんだから、変わりはないんだけどねえ」

パンケーキとミルクティーを、あっという間に胃袋へ納めると華は満足したように腹をさすり、思い出したように口を開いた。

「そろそろ去勢手術、考えようか。その前に診察と検査するから、あのお兄ちゃんに時間がある時に連れてきてと伝えて」
「わかりました。ありがとうございました」

有秀が手を振り華を見送る。
ウキウキしながら自分もミルクティーを注文しようとしたのだが、完売したのだという。

華が飲んだ分が最後であったらしい。
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