咎人と黒猫へ捧ぐバラード
有秀の体調も安定し志鳥が喫茶店を開店させるための準備をしていた。
ヒューマノイド清白は主である志鳥の支持で、買い物へ出かけている。
食材を整理して下ごしらえを済ませ、一息ついた時だ。
夕方のオープン前を無視してドアが開かれる。
その現れた人物を見て、志鳥はため息をついた。
「『閉店』の文字が見えませんかね?お客さん」
「話し合いだ。営業時間外の方が、いいだろう」
カウンター席に渕脇が腰かける。
「研究所を出て行ったのは、あの若者のためか」
鷹人の両親は病死したためおらず施設に預けられるはずだったのだが、志鳥が引き取ったのだ。
あのままでいたら鷹人は研究対象者として一生、外には出られなかっただろう。
志鳥は無言だ。
それは渕脇の言葉を肯定する意味になる。
「鷹人を妙なことに巻き込んだら、渕脇。おまえを断じて赦さん」
温厚な志鳥が明らかな敵意を表している。
渕脇忠行は同じ研究所の同期であり、科学者だ。
「あいつは研究所の実験体じゃない」
「わかっているさ。事実を知っているのか。彼は」
志鳥は頷く。
「二十歳になったときに全てを話した。いずれわかることだからな……ただ、おれもAIの狙いまでは、わからん」
志鳥は云ったが、実際は違う。
しかしそれは口にすることも、おぞましい。
渕脇は元同期の様子に何か察したようだ。
「……」
再び『閉店』と掲げられているはずのドアが開く。
今度は女性が現れた。
身長は平均だが体重とスリーサイズが平均より三倍の女性、華であった。
「人が入って行くのが見えたから。まだ休憩中?」
「いえ、どうぞ。でもそこの鍵、閉めて下さい」
これ以上、準備を邪魔されることは御免である。
「ビッグサイズな女性だな」
口には出さずに渕脇が華を見つめる。
視線に華が気づいた。
「あなた、バーナ重工株式会社の渕脇忠行社長ね?テレビで見たことあるわ」
華はカウンター席の渕脇の隣に座る。
椅子が軋んだ。
「志鳥さん。レモンティーをちょうだい」
「はい、はい。ただいまご用意いたします」
ここに来る客は、なぜこうも営業時間を無視するのか。
志鳥の頭の中に複雑に絡まった不満が、大きな毛玉になっているのが見える。
吐き出したのは大きなため息だ。
「私は華。獣医師をしているの」
緒手拭きで手を拭く。
「あなたの会社も大変ねえ。ヒューマノイドを流出させた輩は見つかったの」
「いや、まだだが……」
「それなら、こうするといいわ」
厨房から客席を覗くと、華と渕脇が何やら会話をしている。
いつも同じような人間としか会話をしていない渕脇には、意外に良い話し相手かもしれない。
「わかった。そうしてみよう」
「試してみる価値はあるわよ」
志鳥がアイスレモンティーを運び華の前に置くと、華はストローを使って呑んでいる。
「今日のお礼に、奢らせてもらう。華先生」
「まあ、ありがとう。じゃあ私も。志鳥さん、この人の会計、私にしておいて」
カカカ、と華は笑った。
渕脇が何か云う前に華は口を開く。
「借りは残さないわ。あー、美味しかった。ごちそうさま」
アイスレモンティー満足気に飲み干すと、華は席を立ち現金を置き、さっさと店を出て行った。
「ところでな、渕脇。頼みがあるんだが」
ヒューマノイド清白は主である志鳥の支持で、買い物へ出かけている。
食材を整理して下ごしらえを済ませ、一息ついた時だ。
夕方のオープン前を無視してドアが開かれる。
その現れた人物を見て、志鳥はため息をついた。
「『閉店』の文字が見えませんかね?お客さん」
「話し合いだ。営業時間外の方が、いいだろう」
カウンター席に渕脇が腰かける。
「研究所を出て行ったのは、あの若者のためか」
鷹人の両親は病死したためおらず施設に預けられるはずだったのだが、志鳥が引き取ったのだ。
あのままでいたら鷹人は研究対象者として一生、外には出られなかっただろう。
志鳥は無言だ。
それは渕脇の言葉を肯定する意味になる。
「鷹人を妙なことに巻き込んだら、渕脇。おまえを断じて赦さん」
温厚な志鳥が明らかな敵意を表している。
渕脇忠行は同じ研究所の同期であり、科学者だ。
「あいつは研究所の実験体じゃない」
「わかっているさ。事実を知っているのか。彼は」
志鳥は頷く。
「二十歳になったときに全てを話した。いずれわかることだからな……ただ、おれもAIの狙いまでは、わからん」
志鳥は云ったが、実際は違う。
しかしそれは口にすることも、おぞましい。
渕脇は元同期の様子に何か察したようだ。
「……」
再び『閉店』と掲げられているはずのドアが開く。
今度は女性が現れた。
身長は平均だが体重とスリーサイズが平均より三倍の女性、華であった。
「人が入って行くのが見えたから。まだ休憩中?」
「いえ、どうぞ。でもそこの鍵、閉めて下さい」
これ以上、準備を邪魔されることは御免である。
「ビッグサイズな女性だな」
口には出さずに渕脇が華を見つめる。
視線に華が気づいた。
「あなた、バーナ重工株式会社の渕脇忠行社長ね?テレビで見たことあるわ」
華はカウンター席の渕脇の隣に座る。
椅子が軋んだ。
「志鳥さん。レモンティーをちょうだい」
「はい、はい。ただいまご用意いたします」
ここに来る客は、なぜこうも営業時間を無視するのか。
志鳥の頭の中に複雑に絡まった不満が、大きな毛玉になっているのが見える。
吐き出したのは大きなため息だ。
「私は華。獣医師をしているの」
緒手拭きで手を拭く。
「あなたの会社も大変ねえ。ヒューマノイドを流出させた輩は見つかったの」
「いや、まだだが……」
「それなら、こうするといいわ」
厨房から客席を覗くと、華と渕脇が何やら会話をしている。
いつも同じような人間としか会話をしていない渕脇には、意外に良い話し相手かもしれない。
「わかった。そうしてみよう」
「試してみる価値はあるわよ」
志鳥がアイスレモンティーを運び華の前に置くと、華はストローを使って呑んでいる。
「今日のお礼に、奢らせてもらう。華先生」
「まあ、ありがとう。じゃあ私も。志鳥さん、この人の会計、私にしておいて」
カカカ、と華は笑った。
渕脇が何か云う前に華は口を開く。
「借りは残さないわ。あー、美味しかった。ごちそうさま」
アイスレモンティー満足気に飲み干すと、華は席を立ち現金を置き、さっさと店を出て行った。
「ところでな、渕脇。頼みがあるんだが」