咎人と黒猫へ捧ぐバラード
黒猫ネマは真吏の部屋をあちこち、匂いを嗅ぎながら探索している。
「ふふ。何も珍しいものはないけどね」
真吏はクッションに座ると、自分の分のお茶を呑んだ。
鷹人は胡座をかいている。
「あなたの家へ来ることになるとは、思わなかった」
湯呑みをテーブルに置いた。
「鷹人君の部屋じゃないのに、ネマがいることが不思議。清白みたいに友達になれたみたいで嬉しい」
真吏は探索を続ける黒猫を見て微笑する。
「仕事は忙しいのか」
「ほどほどにね。今はグルメリポート中心にしているの」
山積みになっている本から女性向け雑誌を取りだしめくる。
「あ、これ。私が書いた記事」
鷹人にページを開いて差し出す。
喫茶店巡りの名物料理を書いた記事だった。
写真付きでわかりやすい。
「今度、マスターに聞いてみようと思ってるんだ。こんな感じに取材して、載せていいかなって」
今は有秀のこともあるので、先にはなりそうだ。
「不思議ね。護衛だけの関係かと思っていたのに」
真吏が云うと青年も頷いた。
「そうだな。おれも依頼人と仕事意外で、交流をもつのは初めてだ」
鷹人が護衛業を始めたのは二年前。
二十歳からだという。
「二年前は二十歳かあ。まだまだ若くていいね」
真吏は自分が二十歳の頃を思いだしてみる。
今から七年前だ。
「鷹人君みたいに、しっかりはしてなかったな。その日暮らしみたいな感じだったかも」
まだ学生だった真吏は学費に生活費にと、その日を生きることが精一杯だった。
「今も楽ではないけど、やりたいことがあるから」
鷹人や志鳥、有秀と喫茶店の面々にであってから真吏は自分が変わったように思う。
食事に行く楽しみも増えたし、ヒューマノイドに抱いていた偏見もなくなったように感じるのだ。
「だからかな。前はグルメリポートなんて好きじゃなかったの。でも今は、そういうことが楽しい」
笑顔を見せる真吏を鷹人は見つめ、ふと笑った。
「険しい顔をしたあなたに、怒られた」
真吏は肩に担がれたことを思いだし、顔を赤くさせた。
「男と女なんだから。感覚が違うのよ」
真吏は口を尖らせたが、今となってはそれも懐かしい思い出だ。
黒猫ネマが単毛を終え飼い主の元へ歩いてきた。
鷹人にすり寄り、真吏を見上げ鳴く。
何かを訴えているようだ。
「お腹空いたかな、ネマ、何か食べる?それともトイレ?」
「サーモンが好きだ。生じゃなくて火を通したもの。トイレは普通の水洗トイレだ」
「ネマ、人のトイレでできるの?サーモンは今度買っておくね。イチゴとリンゴならあるんだけど……」
「リンゴは食うぞ」
「え、本当?」
真吏がリンゴの皮を剥いて小さく切ると、ネマは食べている。
「グルメリポート、動物バージョンもいいね。知らないことが多かったなあ、私」
今まで何か肩を張り生きてきたような気がするが、この若者と一緒にいると、そんなことは必要なくなる。
今まで真吏が出会ったことのないタイプだ。
「鷹人君も、お腹空かない?簡単なものだけど食べていって」
鷹人は断らなかった。
真吏の作ったパスタを食べ、デザートを鷹人が作る。
「おいしい!鷹人君のパンケーキ、ひとりじめ~」
「あなたも意外に、料理うまいな」
食べ終えてキッチンで後片付けをする二人の姿を、黒猫ネマはソファの上で見つめている。