咎人と黒猫へ捧ぐバラード
真吏は目を覚ました。
『ごめんなさい。驚かせたわね』
この場所は知っている。
勝部のヒューマノイド修理工場だ。
鍔広の黒い帽子。
サングラスのあの女が立っている。
『安心して。坊やを襲った女とは違う。危害を加える予定はないの』
「どうして、こんな……」
『時間がないの。あの子は、こうしないと来ないから』
帽子とサングラスを取る。
「清白……!?」
高く結い上げた髪。
紅い唇。
ヒューマノイド清白そのものである。
『ちがう。これはあの青年に壊されたボディを復元している。あなたたちと行動を共にしているヒューマノイドとは違う』
姿形は同じだが、雰囲気がまるで違う。
清白がいかに感情的に人間のように、表現豊かなのかがわかる。
鷹人が破壊したバーナ重工業が開発のヒューマノイドだ。
『今はどうしても必要』
「あなたは誰なの?」
真吏は訊ねた。
『私は冷AIです。二十年に熱に取り込まれた人工知能です』
清白とそっくりな見た目の人工知能が云った。
『私に似たヒューマノイドが鷹人に接触したでしょう?鷹人は、あのAIには目の上のたんこぶです』
有秀の学校に現れたヒューマノイドは、以前にこの修理工場で鷹人に破壊されたはずのもう一体だという。
『私たち二体は、欠片から培養されました。知能チップは鷹人が回収したはずでした』
何者かが、ここで鷹人が破壊した二体を再生し、被害者少年が残したプログラムが発動した。
『熱に取り込まれたはずの私ですが、少年によって分離されました。自宅に保管していましたが、彼は自分に何か被害を受けることを、予想していたんでしょうね』
真吏は愕然とした。
事件は終わっていなかったのだ。
自分の取材範囲だけで、違う出来事が始まっていたのだ。
もうひとつ気になることがある。
「あなたたちを培養?」
それができる科学者を知っている。
培養された彼女は、真吏の友達だ。
もしくはバーナ重工業の……?
『私を培養したのは熱です。熱を培養したのは、あの通り魔男です』
通り道と有秀な学校で発砲事件を起こした、あの男だ。
『彼は熱によって全てのコンピュータ、回線と直結する力と復元する能力を授けられました』
二十年前の暴走事件も終わっていなかったのだ。
沈み絶えたと思われていた水面下の泥の中で、人工知能は息を潜み機会をうかがっていた。