愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「ごめんね、邪魔だよね俺たち。
行こう川上さん」
「え、あっ…」
すごい力。
強引に私の腕を引っ張り、玄関へと向かうけれど。
その指先は微かに震えているような気がした。
───怯えている?
瀬野はそれ以上口を開くことなく、私の腕を引いて玄関へと向かう。
その間、一切母親に視線を向けることはなかった。
「…………」
チラッと瀬野の母親を見たけれど。
言葉にし難い、なんとも複雑な表情をしていた。
私に相手の感情を正確に読み取る能力などない。
彼女の考えなんてわからないけれど、瀬野との間に深い溝があるようだ。
義理の母親?
それとも、本当に血の繋がった家族なのだとしたら───
羨ましいと思うのは、きっと事故で両親を失ったからだろう。
失って気づくその存在の大切さ。
今更だってわかっているけれど。
「……すけ」
母親の横を素通りして、家の外に出た私たち。
瀬野がドアを閉め終える前に、彼女が何やら言葉を発した気がしたけれど、正確に聞き取ることはできなかった。
瀬野は立ち止まることなく、バイクの停めている駐輪場までやってきた。
少し乱暴にヘルメットを被せようとしてきたため、さすがの私も思わず瀬野の腕を掴んだ。