愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜



もしここで受け入れたとしても、瀬野は私を離さないことぐらいわかっている。


そうだ、その事実をすっかり忘れていた。
途端に心の余裕が戻る。


「あ、ごめんなさい…私、軽い口を聞いてしまって…」
「……へ?」

ここは下からいくのが正解だろう。


「馴れ馴れしく話しかけて本当にごめんなさい。
莉乃さんって、呼んでも大丈夫ですか…?

唯一の女の子だからって浮かれて…馴れ馴れしく話しかけてしまいました」


申し訳なさそうに目を伏せて話す。
もし彼女が単純な女の子であれば、これで解決することだろう。


「……愛佳ちゃん」
「えっ…」

「愛佳ちゃんって、言うの?」

「は、はい…そうです。
愛佳って呼び捨てにでもしてもらえれば…」


相手はひとつ歳下だけれど、ここはプライドなど必要ない。

うまいことをやるために、私は手段など選ばない。


「……涼介」
「ん、どうした?」

「愛佳ちゃんってすごくいい子だね…!莉乃を見下したりしないし、歳下なのに敬語を使ってくれてるよ。いいね愛佳ちゃん、莉乃すごく気に入ったよ!」


その話し方に腹は立つけれど、耐えろと自分に言い聞かせる。


「あ、ありがとうございます…!
良かった、嫌われなくて…」

わざと安心したように笑う。
本当に良かった、相手が単純で。


「そういえば莉乃、ここに長居して大丈夫なの?」

「あっ、忘れてた…!実は奇襲って聞いて、友達を置いて来ちゃったの。早く連絡とらないと…!」


瀬野の質問に対し、ハッとした彼女は慌ててスマホを取り出す。

友達と連絡をとっているようだ。
つまりもうすぐ帰ることだろう。


「やっぱり、莉乃のことだからそうだろうと思ったよ。友達を置いて来るなんてダメだよ?」

「えへへ…ごめんなさい。今連絡とったよ!」
「なら早く行かないとね。俺は大丈夫だから安心して」

「うん…!安心したよ。
だから莉乃、涼介にバイクで送って欲しいなぁ」


甘えるような声。
瀬野はきっと彼女のお願いを聞くのだろう。

だとしたら私はひとりで帰ろうか。
ここに長居するのも気が重い。

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