愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「……ねぇ、どうして川上さんが怪我を負っているの?」
静かで抑揚のない声だった。
低く圧のある声には、怒りが込められているような気さえした。
そのような彼の姿に、私までもがビクリと恐怖心を抱いてしまう。
空気がピリッと張り詰めたのがわかった。
「へぇ、自分よりこの女の方が心配か?」
「……川上さんに手を出さない約束だよね?
君たちは潰されたいの?」
いつもの穏やかな笑みはない。
冷たい声、冷たい目が敵の総長に向けられる。
少なからず敵の総長も緊張しているようで、彼が息を呑んだのがわかった。
「ハッ、潰される?
潰されるのはお前ら仁蘭なんだよ」
「総長の言う通りだ。お前らは総長の思い通りに騙されたんだ!負けを認めたらどうだ」
敵の総長も陽翔くんも仁蘭を見下している。
確かに今、絶体絶命だ。
果たして瀬野はどう手を打つのだろうか。
どう考えても今の瀬野には余裕しかなくて───
「“目には目を歯には歯を”」
「…は?」
「このことわざの意味、知ってる?」
「……何が言いたい」
再び瀬野が笑みを浮かべる。
ただそれだけだというのに、なんとも言えない恐怖心が襲った。