愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「でも知らない方がいいよ、危ない目に遭わないためにも」
静かで、落ち着いた声がさらっとそんなことを言った。
逆に瀬野を知ってしまえば、“危ない目に遭う”の?
「…………」
目を閉じる。
返しに困った時の最終手段。
無理矢理だが、寝たフリをする。
じゃないとこれ以上の詮索は危険だ。
「……もしかして、寝ちゃった?」
彼の長い指が私の頬を撫でる。
その触り方は優しくも、どこかいやらしい。
私を無理矢理ベッドに連れ込んだ時、本当は“それ以上”のことを望んでいたのかもしれない…なんて、単なる想像に過ぎないけれど。
「こんな不思議な夜、初めてだなぁ」
それはこっちのセリフだ。
あの穏やかで、優しい瀬野のイメージが崩れていく。
彼は少し危険だと思わずにはいられない。
もしかしたらあの時。
『家、追い出されたから泊めてくれないかな』
あの頼み事を断るべきだったのかもしれない。
受け入れた選択が後悔するか否かは、まだわからない。
ただ───
こうやって誰かと過ごす夜も悪くないと、素直に思う自分がいた。